8-4『商議会への客人』
紅風の街。この紅の国の中央府が置かれる、いわゆる首都だ。
その中心部にある中央府の建物。そこの屋上に、二人分の人の姿がある。その片方は、この国の政府組織である商議会で、派閥の一つを率いる議員、商会長。そしてもう一人は彼の秘書官であった。
商会長「来たな」
商会長が呟く。彼のその目は上空に向いている。そして彼の目が、その上空夜闇を飛ぶ、二人分の〝人影〟を捉えた。
夜闇を背景に飛行する二つの人影は、次第にこちらへと接近し、中央府建物の上空へ飛来。そして屋上へと降り立った。
現れたのは二人の女だ。
一人は体の各所に竜の特徴を持つ女。
手足や首元、頬が鱗に覆われ、頭からは一対の立派な角が、背中からは大きく無骨な翼が、腰からは尻尾が生えている。
もう一人は、コウモリの特徴を持つ少女。
真っ白な腰まで届く髪と、エルフのように尖った耳を持ち、腰部分から大きな一対の、頭に小さな二対のコウモリのような羽を生やし、腰の下からは鋭利な先端を持つ黒い尻尾が覗いている。
そして、二人はどちらも肌の露出の多い、扇情的な恰好をしていた。
龍女「やれやれ、長旅となってしまったの」
悪魔娘「少し無茶な行程だったんじゃない？」
会話を交わし合いながら降り立った二人の女に、商会長と秘書官は近づく。
龍女「久しぶりじゃの、商会長」
商会長達に気が付いた龍の特徴を持つ女は、古風な言い回しの挨拶を寄越した。
商会長「ずいぶん遅かったな、龍女」
龍女「はは、道中で景色に見惚れてしまっての」
商会長「まったく……所で、そちらは？てっきりお前一人で来るものと思っていたが……」
商会長は龍女の横に立つ、コウモリの特徴を持つ少女について、少し怪訝な顔を作って尋ねる。
龍女「ワシの友人じゃ。魔娘という」
悪魔娘「なんで紹介を愛称でするのよ……悪魔娘よ」
コウモリの特徴を持つ少女は、龍女の紹介に呆れながら、正しい名前を名乗った。
秘書官「夢魔の方ですか？」
秘書官が尋ねる。
悪魔娘「悪魔よ。まぁ科学……――んんッ、人間には広義では同じなんでしょうけど」
悪魔娘と名乗った悪魔の少女は、少し何かをごまかすように言い換え、そして付け加えた。
龍女「僻地に引き籠っとる悪魔じゃったが、我が軍に協力してもらう事になっての。今回は、この辺りの状況を知ってもらうために、付いて来てもらった」
悪魔娘「悪いわね。予定外だったかしら」
悪魔娘は軽く謝罪の言葉を述べる。
商会長「まぁ、かまわない。秘書官、彼女の分の部屋の手配を頼む」
秘書官「かしこまりました」
商会長「入ってくれ」
二人は商会長の執務室へ案内され、中へと通された。
龍女「はぁ、やれやれじゃの」
龍女は入るや否や、執務室にあるソファに断る事すらなく、遠慮なしに腰かけた。背中側に生える翼と尻尾を器用に退けて、優雅に背をあずける。
龍女「ほれ、魔娘も」
悪魔娘「相変わらず傲慢さを隠そうともしないわね」
言いながら悪魔娘も反対側のソファに浅く腰かけ、両手を後ろ付いて体重を預けた。
龍女「で、早速じゃが聞かせてくれんか？この国の掌握の目途は立ったのかの？」
商会長「順調だ。魔王軍に付く事に反対すると思われる派閥は、すでに弱体化させてある。抱き込める者は抱き込み、頑なに反対するであろう者には、然るべき措置を取っている」
おもむろに尋ねて来た龍女に、商会長は自分の執務机に付きながら返す。
龍女「治安部隊の方はどうなっておる？中央だけ抑えても、兵力が付いてこなければお話にならんぞ」
商会長「無論だ。主要な町の警備隊を掌握する根回しも進んでいる」
龍女「ふふん。悪くはない進み具合のようじゃの」
龍女は自身の片足を抱き寄せ、満足げに微笑を浮かべる。
龍女「いいのう、革命の日は近いということじゃ」
悪魔娘「革命？」
龍女のその言葉に、悪魔娘は訝しげな表情を作る。
商会長「そうだ、革命だ。我々は、魔王軍との敵対姿勢を取る現体制に終止符を打ち、この国を新たな道へと進める」
龍女「そして、この国は魔王軍の新たな友人となるわけじゃ」
商会長が発し、それに続いて龍女が愉快そうに言った。
悪魔娘(魔王軍側に媚び諂いに行く、裏切りも同然の行為を、よくもそんな大層に言えたものね……)
そんな二人の言葉に、悪魔娘は内心で疑念の言葉を吐いた。
商会長「それと、今この国に勇者が一人入国している」
龍女「ほう」
商会長の口から出た次の言葉に、龍女は興味深げな視線を彼に向けた。
商会長「魅光の王国から出た勇者だそうだ。そちらからの要望通り、すでに捕らえるべく動いている」
悪魔娘「捕まえる？勇者を？一体何のために？」
悪魔娘が再び疑問の声を上げる。
龍女「勇者という存在は我々にとっても侮れぬ存在でな。逆に、手中に収め、懐柔できれば良い手駒となるわけじゃ」
悪魔娘「趣味が悪いわね」
龍女「そう言ってくれるな魔娘。で、今はどういう手を取っているのかの、商会長？」
商会長「今は北にある凪美の町で囲い込み、警備隊に追わせている」
龍女「それは結構な事じゃが、相手は勇者じゃ。警備隊で対応しきれるのかの？」
商会長「勇者と言えども、まだ経験の浅い駆け出しの小娘だそうだ。数で追い込めば、そこまで苦労することはないだろう」
悪魔娘「だといいけど」
商会長の説明に、悪魔娘は少し懐疑的な声で呟いた。
龍女「ふむ。まぁ、おおまかな所は分かったかの」
言うと、龍女は「くぁぁ」と緊張感無く欠伸をする。
龍女「ふぁ――詳しい事は明日にしようかの、魔娘も疲れたじゃろうて」
悪魔娘「まぁ、そうね」
龍女「では商会長。ワシらは今晩は、これで失礼するぞ」
商会長「あぁ、部屋も手配できた頃だろう。何かあれば秘書官に聞いてくれ」
商会長のその言葉を聞くと、龍女と悪魔娘はそれぞれソファから立ち上がる。
龍女「そういえば、レディシオはこっちでしっかり仕事をしておるかの？明日はあやつがちゃんと仕事をしておるか、会いに行ってみんとな」
悪魔娘「寄りにもよって、あなたにそんな心配をされるなんて、彼女も心外でしょうね」
そして会話を交わしながら、執務室を後にした。
商会長「………まったく、鼻に付く連中だ」
二人が退室した事を完全に見届けた商会長は、顔を顰めて静かにそう呟いた。